普通の女の子になりたかった、わたし

成人過ぎてから注意欠陥障害と双極性障害が発覚した20代メンヘラ女子が織りなす雑記

人は簡単にカテゴライズされるものではないと思う。

私は実生活では、おしゃべりクソビッチだけど実は内向的だ。

「いきなりどうしたんだ」とお思いになるだろうが、出来ればお付き合いいただきたい。

おしゃべりなのに内向的って矛盾していない? 

この記事はそんな内向的な性格の人物について、よく書いてあると思う。

tabi-labo.com

内向的だから、内気でシャイというわけではない。

内向的だから孤独を選ぶわけではないのだ。

記事にはこんなことが書かれている。

もちろん社交的な面もあります

内向的な性格の人とは多くの刺激を求めない人のことをいうのであって、別に孤独を好むという意味じゃありません。 内向的な性格の人は内向的な性格の人なりに、社交的。 ただし、広くない友人関係でも満足するため、外交的な人から見れば、「社交性に欠ける」と言われてしまうのかも。

私は、互いの価値観を共有した際に、心地いいと感じる人との関係を築いていくことに重きを置いているので、たまたま交友関係が狭いだけである。

人間関係は量よりも質であると感じているし、実際に私と2年以上友人関係を構築できている人は私以外の友人からも愛されている人がすごく多いのだ。

最終的に人間性が良い人と交友関係を長く続けられる方がハッピーな気がしてならない。

ただ、職場では入社受け入れ研修なども担当するので、記事に書いてあるように外交的な人を演じている。

外交的な人を演じることができる

任せられた仕事によっては、内向的な性格の人も外交的に振る舞うことができます。 これは大人の内向的な性格の人間の特権で、今までの経験値からあたかも自分が外交的な人のように演じることができるのです。 持ち前のクリエイティブさで、キャラクターを創りだしてしまうわけ。

じゃあ、それらしく生きられればオッケーだね!

ただ、タイトルに書いてあるように人は「外向的」と「内向的」で分けられるほどシンプルではないし、そこだけで優劣をつけられるものではない。

www.lifehacker.jp

この記事の最後には、こんなことが書いてある。

内向的タイプが外向的タイプより優れているわけでもなく、その逆もしかりです。たとえば、内向的タイプは冷静さ、創造性、知性、洗練度の点で優れているという月並みな考えがまかり通っています。自分は外交的タイプ寄りだと自認しているなら、こうしたタイプの主張に対してはきっとうんざりするでしょう。でもご心配なく。どれに関しても真実であるという証拠もなければ、性格のタイプに起因しているという証拠もありません

人はそれぞれに多くの点で異なっており、単なる外向性・内向性のゆらぎに限ることはできません。人と関わることは大変なときもあるので、1人1人にラベルを貼って少しだけわかりやすくしているのです。

外向的タイプでも白昼夢を見たり、考えを深めたりすることがあります。人に話しかけるのが好きな内向的タイプもいます。断定的で大声で話す内向的タイプもいます。繊細で社交が苦手な外向的タイプもいます。私たちは内向的と外向的の二極化という時代遅れの自己診断から卒業しなければなりません。なぜならそれらは本当の自分を理解するのに役に立たないからです。 


みなさんもぜひ、自分の性格を決めつけないでください。そして、本当の自分を見つけてください。

 

 

結局何が言いたいの?

私は文頭で「内向的」と書いたように、つまり、人は自分も含めてラベリングをしてカテゴライズする生き物だと思う。

カタカナばっかり使うと頭悪そうだから、「色眼鏡で見る」とか「物差しで測る」とでも言っておこう。

そういった見方でいると部分肯定部分否定が出来なくなってしまうのだ。

必ずしも、部分肯定部分否定が必要かと言われれば例外もある(DVを受けている、セクハラに遭っている等)が少なくとも、人のいい面も悪い面も受け入れながら丁寧に日々を過ごせていけたら良いなぁと感じる。

そうでないと、自分や他人を苦しめかねないからだ

幸いにして私はまだ若い。

だから、「みんなが楽に生きられる考え方や方法を見つけられたら良いなぁ」と自室の暖房に当たりながら、イケハヤ先生が書いたこの本を読みながら思ったのだ。

 

※読書感想文は別記事で書きますね。